えあぶろぐ

365日後にマニラ駐在妻になるワーママのつぶやき

娘の転園物語⑦|保育園落ちた、日本〇ね

ドキドキの申込から約2週間が経ちました。

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12月半ばになり、1~2月入園の申し込み結果が出ました。

 

 見事に全落ちしました。


加点要素もあるし、もしかしたら受かるかもしれないと内心思っていたので、かなりショックを受けました。

申請書類はそのまま翌月まで繰り越して使用するとのことだったので、自治体への申し込みや手続きについてはもはやできることは何もありません。翌月以降、空きが出て滑り込めることを祈るのみです。
 
もし受からなかったら近場の幼稚園を延長保育付きで利用するかしかない状態です。その場合、保育時間が短いことから私の就労形態を変えないといけないという問題もあります。その可能性を見据えて、会社への事前相談をしたのもこの時期でした。
 
また、今回の落選を受けて園長に以下をお願いし、以下2点を承諾してもらいました。
⚫︎3月末に閉園した後も保育園が決まらなかった場合には、親が仕事を辞める必要がないよう必要なサポートをすること
⚫︎やむを得ず幼稚園に入れることになった場合には、入園金を負担すること
 
尚、園長が最後まで説明会を拒む中、私たちは園長と個人的に上述のような連絡を取っていましたが、結局保育園側からその約束事を他の保護者に共有することは最後までありませんでした。
 
園長に腹が立つのは言わずもがな、何も罪のない自治体にまで腹が立ち、まさに、「保育園落ちた、日本〇ね」の気分でした。

 

娘の転園物語⑥|いざ申込!

保育園は、当然ながら受け入れ人数の上限が設定されています。ですが、園の裁量で、上限を超えて数名受け入れる可能性もあるとも言われていました。
 
また、御存知の通り保育園の申し込みはポイント制。手持ちのポイントが高い人かから優先的に入園が許可されます。

就労形態、家庭状況、ひとり親、親と同居しているか、兄弟の有無、収入など(私はこれらを密かに不幸ポイントと呼んでいる)自治体によって違うかもしれないけど、これらをポイントとして可視化するところが多いかと思います。
 
幸い私の自治体には「日常的に認可外施設に預けている場合」「保育園の閉園により転園しなければならない場合」は加点要素がありました。

そのため、もし希望園が被った家庭があった場合でも、よっぽどのことが無い限り負けることは無いだろう、と思っていました。
 
しかし、そもそも、空きが無い!

かなりの激戦区、自治体が毎月公表している空きリストを見ても、受け入れ可能な保育園は皆無。上限を超えて受け入れてくれることを祈るしかない、という状況での申し込みでした。
 
突然の閉園を告げられてから1か月、合計10園の見学に行き、その中で6園の希望を自治体に提出しました。

 

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娘の転園物語⑤|少子化対策の罠

突然通っていた保育園が急に潰れることになり、保活を余儀なくされた我が家。

思い返してみれば兆候のようなものがあったような気もしました。

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さて、話は「どうしてそもそも認可外保育園を選んだのか」に遡ります。

2010年代後半、息子が赤ちゃんのとき、私の住む地域では保育園が非常に少なく、保活は絶望的な状況でした。

認可保育園など入れるはずがありません。そのため、家から通いやすくカリキュラムのよい認可外を選び、その後生まれた娘と共に通わせていました。(余談:認可外保育園の入園可否は保育園が独自に決められるので、兄弟必ず一緒の保育園に通えるという大きなメリットがあります。)
 


そして月日は流れ、ここ数年で認可園が急に増えました。近所の保育園の半分近くは、ここ5年以内に新設されたようでした。
 
認可園が増えたなら、皆が認可園を選ぶのは当然のこと。その影響を受けたのが、認可外保育園である娘の保育園でした。冒頭に書いた違和感は、やはり経営難が理由だったと後になって確信しました。

採算が取れなくなった娘の保育園は潰れることになり、私たちは保活をすることになりました。しかし、いざ認可園の保活をしようとしたところ「途中入園は定員がいっぱいなので厳しいです」と言われる日々・・・
 
じゃあ、私たちはどうすればよかったの・・・?


 
保育園が増えたことはとても良いことだと思います。激戦区なので、もっともっと増やしても良いと思っています。

ですがこうして皺寄せを食らった園や子供、家庭に向けたバックアップ体制は無いのだなと、当事者になって改めて感じました。

 

娘の転園物語④|保育園見学の日々

悩んでいる時間はないと思い直し、閉園を告げられた翌日には、認可園の予約を8つ入れました。なんせ私の住む地域は激戦区。空き状況リストを見ても、募集中の園などひとつもありません。
 
その週から保育園見学の日々が始まりました。

大事な娘を預ける保育園、勿論こだわりたいと思う点はありました。しかし前述の通り激戦区、わがままを言っている場合ではありません。現実的に通える範囲の保育園をローラー作戦のように見学していきました。
 
実際に保育園を見るとかなりイメージも違いました。

⚫︎ボロいビルの一室だと思っていたけど、そのビル全体が一つの保育園で、中は明るくて綺麗。
⚫︎習い事が多くて良さそうと思っていたものの、かなりスパルタ。
⚫︎地域で評判が高いと言われているけど「子供たちの自主性を重んじている」らしく先生不在、園内の廊下や階段で子供たちを放置。

 
保育園で勉強をするかしないかについても園によって全く違っていたのが興味深かったです。保育方針としては一番園の特色が出る部分かもしれないと思いました。
 
【勉強タイプの園】
⚫︎月1冊ワークを購入して日常的にやる
⚫︎卒園までにひらがな、カタカナは書けるようにする
⚫︎ことわざ、国旗などを覚えさせる
 
【遊びタイプの園】
⚫︎遊びや友達との関わりの中から学ぶ
⚫︎知識のインプットよりも、想像力を鍛えることに重きを置く

「就学前に勉強すると変な癖がつくし、中途半端に知識をつけた子供は小学校に行かせるとサボるようになる。だから園では鉛筆すら持たせません。」という保育園もありました。

 
予想外の保活だったけど、色々な保育園やカリキュラムがあることを知ることができたという点においては、唯一経験出来て良かったかなと今になって思います。

 

娘の転園物語③|保育園への不信感、園長の開き直り

ある日突然、娘の保育園が閉園することになった我が家。

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言うまでもなくパニック状態、それは他の家庭も勿論同じだったようです。その日のうちに保護者LINEができ、情報交換をしました。
 
しかし持っている情報など皆皆無。なぜこんなことになったのか、これからの保活はどうしたらよいのか、園から何か今後サポートがあるのか、私たちは何も分かりませんでした。

その後も園長は「各家庭のご都合や状況を鑑み、説明会の開催の予定はありません」と謎理論で武装し、説明会は拒否。

結局公式発表は、最初から最後まで、A4サイズの紙1枚のみでした。
 


 結局、転園活動の進め方については保育園側から説明も指示もサポートもなく、保護者は心の準備もないまま、自治体の保活パンフレットを各自読み込み進めていくしかない状態でした。
 
また、4月に転園する場合の申し込みの締切が12月初旬。一方で閉園の通知があったのは10月下旬。(自治体にもよるかと思いますが)申し込むためには見学必須、1か月ちょっとで見学と申し込みを全て終わらせなくてはならないスケジュール感でした。

言うまでもなく、保育園の保護者は皆働いています。仕事の調整を付けることも難しい状況でした。
 
この後保育園見学に行くことになるのですが、実際に「2~3か月には空きがあったものの、現時点では埋まっている」と複数の園から説明を受けました。

閉園になるのは仕方ないこととはいえ、通知するのがせめて半年、いや3か月早ければ、もっと保活の難易度が変わっただろうなと今になっても思います。
 
退園手続きについてもこちらから依頼しないと説明もなく、保育料や外部施設でのレッスン代についての質問については、最後まで回答はありませんでした。
 
挙句の果てに「事情が事情なのだから、自治体や転園先園もどうにかしてくれと心から思っております(原文ママ)」と開き直りとも思えるメール。

呆れて物も言えない、というのはこういうことかと妙に納得した記憶があります。

 

娘の転園物語②|思い返してみればちょっと変だった

元々は創業者のおじいちゃん園長が、自宅の敷地で経営を始めた保育園でした。

娘が生まれる前、息子を入園させたときには、まだこのおじいちゃん園長は現役。ところが数年前におじいちゃん園長がリタイアすることになり、事業継承をした結果経営者が替わりました。

それが今の園長です。


今の園長に変わったタイミングで、登園バスのサイズが小さくなりました。また、保育形態や保育料金のシステムも変わりました。

このときには、なんだかそれらしいことを説明され、「へえ~そうなんだ。親会社が変わったもんね」くらいの認識だったと思います。
 
また、正面玄関の門扉が故障したことがありました。修理が完了するまで裏口を使用するように言われたものの、電気も設置せず真っ暗な状態で何か月も放置。子供も保護者も怪我人が続出しているのに園は知らん顔をしていたので、夫が園長に改善を求めたことがありました。

結局、修理が完了するまでに4か月ほどかかったと思います。
 
後に振り返ってみれば、当時からお金がなかったのだろうなと思います。

 

娘の転園物語①|突然の閉園のお知らせ

娘は春から新しい保育園に通っています。

引越しをしたわけではありません。以前の保育園が前触れもなく潰れ、転園を余儀なくされたからです。
 

娘が去年まで通っていたのは認可外保育園。お兄ちゃんが1歳で入園し、その後娘が生まれ入園し、長いこと兄妹でお世話になっていました。
 
時は遡り昨年10月。無事に運動会を終えてほっと一息ついた頃、いつも通り保育園に迎えに行ったところ、曇った表情の担任の先生から「園長から話があるので中へどうぞ」と告げられました。
 
え~~、娘なにかやらかした・・・・!?
当時の私の脳内はパニック、心臓バクバクです。
 
そこで、園長先生から以下の内容を告げられました。
・来年3月末で閉園すること
・採算が取れないこと
・経営を続ける方法をなんとか模索してきたこと
・閉園するまでに、これから保活(転園活動)をしてもらわなければならないこと
 
人間、あまりに衝撃を受けると何も言葉を発せられなくなることを実感しました。

転園活動はどう進めるのか、仕事は休めるのか、決まらなかった場合には退職するのか・・・質問はありますか、と言われましたが、そもそも今の状況を理解することを脳が拒否している感覚がありました。
 
園長から手渡された大量の保活資料を抱えて、茫然として園の玄関で夫に電話をした記憶があります。

この日から、我が家の転園活動が始まりました。